2009年01月26日

「緑提灯」提唱者の丸山清明さんに外食アワード2008特別賞


平成20年6月22日、長野市で開催された「長野緑提灯の会」発会式に駆けつけてくださった、「緑提灯」提唱者の中央農業総合研究センター(つくば市)所長の丸山清明さん(左)


全国の外食関係報道機関25社で構成される外食産業記者会が毎年、外食産業界でその年に活躍した人、話題になった人を表彰する今年の「外食アワード2008」に、日本マクドナルド会長の原田泳幸氏ら5人と並んで、丸山清明さんが1月23日選出されました。詳しくは http://www.g-kishakai.net/release06.html


今年は年明け早々からビックニュースが飛び込んで来ました。今年も昨年に増して「緑提灯」がメディアで取り上げられる機会が増える予感がします。全国的にもそして我が長野県でも、コンスタントに加盟店が増えているようです。当方への問い合わせも増えています。広がれ「地産地消」の輪!


「緑提灯」   


Posted by 胃がん退職者 at 23:37Comments(4)緑提灯

2009年01月17日

「東京発信州行き鈍“考”列車30年」(扇田孝之著)を読む


「東京発信州行き鈍“考”列車30年」 扇田孝之著・現代書館刊 定価1800円・税別


現東京都副知事の猪瀬直樹氏が好んで使う、「時速4キロと時速50キロの文化」という概念の提唱者が、大町市在住の地域社会研究家であるこの本の著者扇田孝之氏です。
著者は若き法哲学の学究生として毎夏長野県の学生村で過ごすうち、信州がすっかり気に入ってしまい、ついには今から30年前、自ら大町市郊外簗場(やなば)の山荘経営者として、東京から移住してしまった経歴をお持ちです。当時はほとんどの住宅に冷房装置がなく、長野県内には都会の暑い夏を避けて勉強するための学生村や学者村が、数多く誕生していたのです。


当時の移動は徒歩(時速4キロの文化)と公共交通機関の時代、その後の高度経済成長の伸展と共に到来した車社会(時速50キロの文化)への劇的な変遷は、著者が移住した信州の片田舎にも大きな変化がもたらされました。
その中にあって著者はそれを非常に冷静な目で見つめます。と同時にその目と行動は、単なる信州の山荘オヤジの域を超えて、白馬国際映画祭のプロデュースなど全国・世界へと幅広く展開されました。


大変広い視野と、昨日今日ではない長い実体験が相まっての都会暮らしと田舎暮らしへの洞察など、その指摘には大いに納得させられます。そして今将に未曾有の世界的大不況の到来という先の見えない閉塞感の中にあって、私たちの持つ従来の都会と田舎に対する価値観も根底から覆るかもしれない状況に、著者が示す多くの示唆は大変有用に感じました。


またあれから30年を経て、バブルの頃の喧騒も嘘のように田舎から去った今日、著者夫妻の落ち着いた日々の暮らしの中で感じ取れる、身の回りで起きる微妙で繊細な四季や自然の変化に対する細やかな描写のなかに、著者の愛する信州に寄せる熱い思いを感じることも出来ました。


さらに私が思うに、特に著者は随筆家として大変な美文家で、無駄・無理のない流れるような文章と豊かな表現力にも大いに感心させられました。是非ご一読をお勧めいたします。


  


Posted by 胃がん退職者 at 21:30Comments(0)田舎暮らし

2009年01月04日

「消費者はどこにいる?」3 これからは内需・心・謙虚の時代


長野市と須坂市境界辺りから望む北信五岳の内、左から飯縄山、黒姫山、妙高山(平成20年1月撮影)


さて現状をいくら細かく把握したところで、将来への展望を欠けば余り意味はありません。私には「神のみぞ知る」事柄にとやかく言える資格は有りませんが、今後の自分の行動を決める意味において、必要な限りで一応の仮説を立ててみたいと思います。従ってあくまで私個人の見解として、「こんな考え方も有るんだ」程度に思っていただけたら幸いです。


アメリカ発の世界大不況とそれに付随して引き起こされた円高で、今後しばらく日本は、世界の特にアメリカの消費を当てにすることは出来ないでしょう。従って日本の内需(有効需要)を盛んにすることが最も肝心だと思います。今までおろそかにされて来た内需産業の活性化と消費の喚起が急務です。医療や介護などの福祉、建設・土木、環境技術、教育、出版、観光(国内)、食品、農業等。
建設・土木と言っても従来型の箱物や道路をどんどん造るというのではなく、今重大な問題と成りつつある、老朽化した学校など既存建築物や橋など構造物の耐震構造化や補修、道路の電線地中化などへの思い切った施策です。更に環境適応はあらゆる産業の将来の浮沈が掛かっていると言っても過言ではないでしょう。更に農業は多くの識者が最近指摘しているように、我が国の現状で40%しかない食糧自給率を高める必要上、及び雇用の受け皿としても最も有望な成長分野と言えると思います。(先進諸国で食料自給率が日本ぐらい低い国は有りません。今後深刻化すると思われる食糧不足、及び低経済成長下で国民の食料を過度に他国に依存することは大変危険です)


次に心の問題です。アメリカのバブルが弾けるまでは、「オオカミ少年の喩え」のように、「いつか来るぞ来るぞ」と言われて不安でびくびくしていたのが、考え様によってはもう既に来てしまったのですから、もちろん更に悪くなると言うことも否定は出来ませんが、いずれにしてももはや「腹をくくって行くしかない」のは間違い有りません。「こうなったからには腹が据わって色々なことに取り組める」と考えたら良いのではありませんか。


そして最後は低成長下では特に、「自分だけ良ければ良い」との「弱肉強食」的単純な資本主義的道理は、考え直す必要が有りそうです。これからはわずかな儲けをみんなで分かち合う「謙虚」な態度が必要だと思います。結局自社の利益だけを考えて、派遣労働者などを増やしてきた結果、企業の業績はかつて無いほどに上がったと思った途端、日本に健全優良な消費者が少なくなっていた反動で消費が落ち込み、自分たちの首を絞めるようになってしまったのがその典型です。そして働く側にも例えばワークシェアリングなど、仕事をみんなで分かち合う仕組みが早急に必要だと思います。この辺は政治が解決しなければいけないことなのかもしれませんが、政治に丸投げしても解決はしないでしょう。「自分だけではなくどうしたら他人にも良くなってもらうか」「他人が良くなると自分も良くなるという発想」、一人一人が自分の問題と考え行動することが肝要だと思います。


人間の究極の目標は、「ロボットにみんなやらせて人間は遊んで暮らすことでしょうか?」。私は今回の世界同時不況で、今将に「人間の在りようを再構築する必要に迫られている」気がしてなりません。  


Posted by 胃がん退職者 at 00:11Comments(0)環境・食と農

2009年01月02日

「消費者はどこにいる?」その2


長野市と須坂市境界辺りから望む北信五岳の内、左から飯縄山、黒姫山、妙高山(平成20年1月撮影)


ベルリンの壁崩壊から今年で丁度20年、ソビエト崩壊から17年、中国の本格的市場経済導入から16年、資本主義が人類に幸福をもたらす唯一のシステムとして、我が世の春を謳歌してきたはずでした。それが今やその資本主義がもたらした、世界中に未曾有の大不況という暗雲が重く垂れ込める始末は一体どうしたことでしょうか。
一方で日本のバブルが弾けてから約17年経ちました。その間日本は実質的なゼロ金利政策により、対外的には世界中、特にアメリカに対しただ同然の資金を過剰に供給し続け、それが今回のアメリカバブル創出の淵源となったことは多くの識者により指摘されています。
そして国内では中国の安い労働力との競合上、規制緩和の一環で人件費の安い多量の派遣労働者などを生み出して、それが今日の派遣切りなど大きな社会不安を生み出す原因となってしまいました。
これは将に日本が国内において「健全・優良な消費者の創出」を怠り、全てアメリカを中心とした海外にその消費をお任せしてきたツケが、今回って来ているからに他なりません。振り返ってみたら少子高齢化の進展とのダブルパンチで、国内に日本を支える「健全・優良な消費者」が育っていなかったということになります。日本人はバブルが弾けて以来自信を失い、人件費のべらぼうに安い中国との競争で、蟻のようにただひたすら必死になって働いてきた。そしてその果実はせっせせっせと、資本主義の宗主国・キングであるアメリカに貢いできたという図式なのかもしれません。
  


Posted by 胃がん退職者 at 22:57Comments(0)環境・食と農

2009年01月01日

迎春 「消費者はどこにいる?」その1


長野市と須坂市境界辺りから望む北信五岳の内、左から飯縄山、黒姫山、妙高山(平成20年1月撮影)


あけましておめでとうございます。
さて昨年アメリカで金融・住宅バブルが弾けて以降、世界が100年に一度と言われる程の同時大不況に陥ってしまいました。今年はそこから立ち直るどころか実体経済にますます波及して、もっと悪くなるのではというのが、年末年始のマスコミのもっぱらの予想のようです。
その中でかなり多くの識者のコメントや論調が「日本の食と農」に触れていて、「これからは農業だ」とか、中には「これからの日本には農業しかない」とか「農業が日本を救う」と言うような趣旨まで述べる評論家がいたのが、色々な意味で大変気になりました。いずれにしてもつい半年や1年前とは全く様変わりの感です。


そもそもアメリカのバブルが弾けたのは、世界自由貿易体制・拡大経済成長の絶対条件であった、「資源と食料は無限な位ふんだんに有る」「成長することは良いことだ」という大前提が、「資源・食料の枯渇」「地球温暖化が進む事」への不安から世界中の人々が疑問を持ち始めて、その結果実際に有限である「資源・原料と食料」が高騰した事をきっかけに、バブルの極みであったアメリカ経済への信用が崩れてしまったからに他なりません。ただ今回の高騰の実態は投機マネーの流入が直接の原因だったようです。自らの欲のために墓穴を掘ってしまったのかもしれません。が、遅かれ早かれの段階だったでしょう。今までのような経済成長をそのまま続けることは、世界的にとても難しい段階に入ったと言えると思います。


ただ最近「地球温暖化はうそだ」というような論調も見受けられますが、それらの趣旨は、「今までの地球気候変動の範囲内であると思われる」とか、「厳密な意味で地球温暖化はまだ実証されていない」というもので、「絶対地球温暖化はしない」と断言するものではなさそうです。それはそうです、この「神のみぞ知る」の類の事で、誰も厳密には「絶対地球温暖化するともしないとも」断言は出来ないでしょう。でも「自分の生きている内にその責任を取らされることはないだろう」と私も含めて皆が思っているかもしれませんが、そうなってからでは遅いのではありませんか。確かに最近の環境への取り組みの中には、ややもするとどうかなと首をかしげたくなるものも見受けられます。しかし「そもそも人間の存在自体が最も地球環境に悪い」という矛盾の上に人類は存在していますから、無視するのではなくより謙虚になって少しでも気をつけた方がましなのではないでしょうか。そうしないと恐竜の二の舞になりかねないような気がします。
  


Posted by 胃がん退職者 at 11:57Comments(0)環境・食と農